唄う革命: がれき問題、河野太郎の議論

monmojimoji:

河野太郎のブログより。>続 震災がれき

「現地処理すれば雇用にもなる」は、なにも、がれき関連の雇用だけを指すのではありません。今回の広域処理の問題点の一つは、莫大な輸送費の無駄遣いです。1000億円にものぼる輸送費を節約すれば、現地に「がれき関連以外の」雇用を生むことができます。河野太郎は、がれき処理以外の被災地支援をやめろとでも言うのでしょうか?

昨日、某カメラメーカーのレンズ設計者の方々とお酒を飲んできました。
そこで、なぜコンピュータで設計されたレンズでも特徴やクセがあるのかという話になったのですが、
どうやらコンピュータという最新技術を用いて、どんなボケのレンズにするのか、どんな味のある描写にするのかというのを一生懸命に考えながら作っているようです。

現代のレンズですから、光学性能は十分なものにしなくてはなりません。でも、それをクリアした上で、さらにボケやコントラストなどの味と呼ばれる部分に関しては、開発者のこだわりで突き詰めていっているようです。
だから、開発者のこだわり、もっといえば、レンズに対する理想の方向性によって、できあがるレンズが違ってくるわけなんですね。

「レンズの良し悪しはMTFで決まるものではなく、写した人が好ましいと感じるものが良いレンズなのだ」とも言っていました。
ただ、その一方で、「カメラ誌や一般ユーザーなどがチャート撮影をして、解像力や周辺光量などのチェックをし、それでレンズの良し悪しを判断する傾向にあるもの事実。その評価方法が、レンズの良し悪しの一つの基準のようになってしまっているため、企業としてはそれをまったく無視してレンズを作るわけにもいかない。」というようなことも言ってました。

私は「MTFなんかどうでもいいから、思い切りクセがあって、そのクセが楽しくてたまらないレンズを作って欲しい」とリクエストしたのですが、それもなかなか難しいようです。(開発者はノリノリで作りたがっていましたが)

写真はコピー機ではありません。
自分が撮った写真がこんな風に写ったという驚きと喜びが感じられるレンズがいいのではないでしょうか。
もちろん、お仕事用に精密なコピー機のように写るレンズもあっていいと思います。
でも、それだけじゃ写真がつまらないと思うのです。
カメラもレンズも、「愛すべきクセ玉、クセカメラ」に出会いたいのです。
だから、私は、レンズもカメラも自分の好きずきで判断して、使っていこうと思っています。

「その復讐が正義でなくては困るので差別があることにしないとダメ」

「被災地や原発の取材を、早くしなくてもよくなるように願っている。
なぜなら、報道する必要がある、ということは、そこに良くないことが起こっているから」
とハーノ記者は語っていました。